ナミビアの歴史を知る

こんにちは!Kenです。

行動しようと思って、できない時はありませんか?

「あなたの行動を阻害するのは恐怖心である」

この恐怖心は時間と共に大きくなると言われています。つまり、時間が経てば経

つほど恐怖心は大きくなってますます行動が出来なくなるのです。そしてこれに対する処方

箋は、行動する以外に無いのです。行動をする以外にこの恐怖心をたたき壊す事は出来ない

のです。

今回はナミビアの歴史について。

ナミビアはヨーロッパ人によって植民地化された最後のアフリカ諸国の1カ国でドイツ商

人、冒険家アドルフ・ルードリッツによって、創立されました。1884年に、ドイツ帝国

はこの湾を「保護する」ことを決め、そのために、帝国海軍の小規模な部隊をこの湾の土地

に配置し、オランジェとクネネとの間の地域をドイツの植民地にしました。

1884年から1914年までナミビアはドイツの保護国になり、「ドイツ植民地帝国」と

して知られています。ドイツの移住者はその後土地を購入し、農場を設立するよう説得され

ました。結果として、ナマ人、ヘレロ人のような固有民族が征服されました。最初に、植民

地化の手続きが平和的に前進し、条約が締結され、保護協定によって、両現地族は必要とな

れば、軍事的支援が保証されることが可能となりました。この支援の見返りに、ナマ族、ヘ

レロ族の人たちはドイツ人の移住者が農業目的のために自分たちの土地を所有することに同

意しました。しかしながら、ドイツの植民地化によって、まもなく自分たちの生存ばかりで

なく、牛、山羊の家畜所有者としての生計が脅かされました。ナマ族、ヘレロ族双方は武装

による反抗を開始。この紛争は1908年まで続き、現地民族が敗北しました。

第1次世界大戦の始まりに、南アフリカ連邦はこの地域を占領し、1920年に国際連盟が

草案した委任統治領によって、国際連盟に与えられました。この委任統治領は1966年に

国際連合によって、廃止され、南アフリカ連邦による反抗が発生し、数十年におよぶ南西ア

フリカとナミビア解放運動(南西アフリカ人民機構:SWAPO)と間で軍事紛争を開始しました。

1990年3月21日に、ナミビアの政治的独立が最終的に承認され、民主主義憲法が制定されナミビア共和国となります。

以上がナミビア独立までの歴史です。

ドイツと南アフリカに占領されていた不遇の時代を経て、独り立ちしたのが1990年。現時点(2018年2月)でアフリカでは2011年に独立した南スーダン、1993年に独立したエリトリアについで3番目に新しい国家です。

本日もこのサイトを訪れて頂きありがとうございます。

ではまた今度。

エンジニアから国際協力師への道 (国際協力、ナミビア、青年海外協力隊の日常について)

国際協力やアフリカ、青年海外協力隊に興味がある方向けに情報発信。民間企業で数年、電気系エンジニアとしての経験を積み、青年海外協力隊に応募。2018年6月27日、2年の任期を終えて帰国。アフリカ南西部に位置するナミビアの職業訓練校で電気・電子工学の指導に従事。(活動期間:2016年6月~2018年6月)

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